「ぽぽぽぽーん」が大量放送された理由|ACジャパンと東日本大震災の記録

ACのCM「あいさつの魔法。」

テレビをつけても、いつものCMが流れない。代わりに何度も何度も繰り返されたのが「ぽぽぽぽーん」というあのフレーズでした。

2011年(平成23年)3月、東日本大震災のあとの数週間、テレビの前にいた人なら、おそらく一度はあの音を耳にしているはずです。あいさつ坊やがおじぎをして、動物たちが次々に登場する、ACジャパンの「あいさつの魔法。」というCMです。

明るくてかわいらしいはずのCMなのに、当時のことを思い出すと、なぜか胸がざわつく。そんな感覚を抱えている方は少なくないと思います。私自身も、あの音を聞くと2011年3月のなんとも言えない空気がそのまま蘇ってきます。

当時を直接知らない世代も、もう社会の中心に増えてきました。リアルタイムであの空気を体験していない人にとっては、「ぽぽぽぽーん」はネットでネタにされるフレーズ、くらいの距離感かもしれません。だからこそ、面白おかしくではなく、実際に起きた出来事として淡々と書き残しておきたいと考えました。

あのCMの裏側には、テレビ業界の事情や、当時の張りつめた世相がありました。背景を知ると、聞こえ方が少し変わってくるはずです。

この記事では、「ぽぽぽぽーん」がなぜあれほど大量に放送されたのか、ACジャパンとはどんな団体なのか、当時の世相、そしてあの経験を今の備えにどうつなげるかまでを、落ち着いた筆致で整理します。

センセーショナルに煽るためではなく、記憶を風化させないための記録として読んでいただけたら幸いです。

そもそもACジャパンとは何者なのか

「ぽぽぽぽーん」の話に入る前に、まずCMを流していたACジャパンについて整理しておきます。意外と「公共のCMを作っている団体」くらいのざっくりした認識のままの方が多いからです。

ACジャパンは、広告を通じて社会への提言を発信し、住みよい市民社会の実現を目指す民間の団体です。前身は1971年に関西で設立された「関西公共広告機構」で、その後「公共広告機構」を経て、2009年に現在の「ACジャパン」へと名称を変えました。

大事なのは、ACジャパンが税金ではなく、賛同する企業や個人の会費で運営されている非営利の組織だという点です。

テレビ局や新聞社、広告会社、そして一般企業などが会員として参加し、提供された広告枠を使って公共広告を世の中に届けています。営利を目的にしていないからこそ、商品を売るのではなく「あいさつをしよう」「いじめをなくそう」といったメッセージを発信できるわけです。

つまりACジャパンのCMは、本来であれば企業の商品CMが流れる枠に、社会的なメッセージを差し込む役割を担っています。この仕組みが、震災後の状況を理解するうえでの前提になります。

参考:ACジャパン公式サイト / ACジャパン(Wikipedia)

「あいさつの魔法。」はもともと震災のCMではなかった

「ぽぽぽぽーん」と聞くと震災とセットで記憶している方が多いのですが、実はこのCM自体は震災のために作られたものではありません。

「あいさつの魔法。」は2010年7月から全国で放映が始まったキャンペーンで、テーマは文字どおり「あいさつ」。震災の前から、ふつうに流れていたCMでした。

主人公は赤い蝶ネクタイをつけた「あいさつ坊や」。「こんにちワン」「ありがとウサギ」「こんばんワニ」「さよなライオン」といった、あいさつと動物をかけ合わせたキャラクターが次々に登場します。

そして合間に入るのが、あの「ぽぽぽぽーん」。これは友達が登場するときの効果音として考案されたもので、深い意味があるわけではありません。耳に残るリズムとして練り上げられた音でした。

つまり本来は、子どもにあいさつの大切さを伝える、明るくほのぼのとしたCMだったのです。

その平和なCMが、震災という出来事をきっかけにまったく別の意味を帯びていく。ここが「ぽぽぽぽーん」という現象の入り口になります。

参考:あいさつの魔法。(Wikipedia)

なぜ「ぽぽぽぽーん」は何千回も流れたのか

では、なぜあのCMだけが、あれほど繰り返し流れたのか。ここには震災直後のテレビ業界の事情が関係しています。

企業がいっせいにCMを自粛した

2011年3月11日に東日本大震災が発生すると、多くの企業が自社のCM放送を自粛しました。甚大な被害が報じられる中で、商品やサービスを宣伝することへの抵抗があったためです。

報道によれば、クライアントである一般企業の約7割以上が出稿を自粛したとされています。テレビ局には、本来CMで埋めるはずの時間がぽっかりと空いてしまいました。

空いた枠をACジャパンが埋めた

その空白を埋めたのが、もともと会員として広告枠を持っていたACジャパンの公共広告でした。商品の宣伝ではないため、自粛ムードの中でも流しやすかったのです。

結果として、震災直後の一時期は民放で流れるCMの大半がACジャパンのもので占められるという、きわめて異例の状態になりました。

3月12日からの1週間で、ACジャパンのCMはおよそ2万本も放送されたと報じられています。とりわけ印象的だった「あいさつの魔法。」が、人々の記憶に強く刻まれることになりました。

誰かが意図して「ぽぽぽぽーん」を流し続けたわけではありません。たまたまそこにあった公共広告が、未曾有の状況の中で大量に再生され、結果的に社会現象になった。そう理解するのが正確です。

参考:レファレンス協同データベース(国立国会図書館)

当時の空気と、CMがもたらした反応

ここからは少し、当時の世相を振り返らせてください。私の家は被災地から離れていましたが、それでも日常はあっという間に揺らぎました。

店から物が消え、計画停電が始まり、テレビは貴重な情報源として一日中つけっぱなし。最新の状況を確かめるたびに、画面の合間で繰り返し流れたのが「ぽぽぽぽーん」でした。

明るいはずのメロディーが、不安と隣り合わせの空気の中で何度も流れる。そのギャップが、多くの人の記憶に独特の重さを残したのだと思います。

一方で、同じCMがあまりに繰り返されたことで、視聴者からは「同じものばかりで気が滅入る」といった声も寄せられるようになりました。これは責めるべきことではなく、誰もが神経をすり減らしていた時期の、自然な反応だったのでしょう。

こうした反応を受けて、ACジャパンは2011年3月にお詫びの文章を発表し、印象的なサウンドロゴ部分の削除をテレビ局に依頼するなどの対応を取りました。

悪意があったわけでも、誰かが失敗したわけでもなく、非常時に皆が手探りで動いた結果として、あの現象は生まれたのだと私は受け止めています。

ちなみに「ぽぽぽぽーん」はその年のネット流行語大賞で金賞(1位)に選ばれました。流行語として消費された面はありますが、その裏にあった出来事まで含めて覚えておきたいフレーズです。

参考:「ポポポポーン」の生みの親が振り返る(AdverTimes)

あの経験を、今の「備え」につなげる

「ぽぽぽぽーん」の記憶を懐かしむだけで終わらせず、せっかくなら今の生活に活かしたいところです。あのとき多くの人が痛感したのは、日常は前触れなく止まるという事実でした。

電気・水道・物流が同時に弱ると、ふだん当たり前に手に入るものが急に手に入らなくなります。だからこそ、特別なことではなく、できる範囲の備えを少しずつ積み重ねておくのが現実的です。

今日から見直せること

たとえば、飲料水と日持ちする食料を数日分ストックしておく。これは消費しながら買い足す「ローリングストック」にすると無理がありません。

モバイルバッテリーや乾電池、携帯ラジオも用意しておくと、停電時の情報収集が一気に楽になります。あのとき「情報が命綱だった」という感覚は、今でもよく覚えています。

あわせて、家族との連絡手段や集合場所を決めておくこと、ハザードマップで自宅周辺のリスクを確かめておくことも欠かせません。

関連記事:Jアラートが鳴ったらどうする?弾道ミサイル発射時に取るべき行動まとめ

大がかりな準備でなくていいので、思い出した今日のうちに一つだけ動いておくと、いざというときの安心感がまるで変わります。

正確な防災情報は、行政や公的機関の発信を確認するのが確実です。最新の手引きは公式サイトで更新されています。

参考:内閣府 防災情報のページ

まとめ:「ぽぽぽぽーん」が残してくれたもの

明るいCMソングが、これほど切なく胸に響く例は、そう多くありません。

「あいさつの魔法。」は、もともとあいさつの大切さを伝えるための公共広告でした。それが東日本大震災のあと、企業のCM自粛で生まれた空白を埋める形で大量に流れ、結果的に時代の記憶として刻まれました。

誰かの作為ではなく、非常時に皆が手探りで動いた結果として生まれた現象だった。その背景を知ると、あの「ぽぽぽぽーん」の聞こえ方も少し変わってくるのではないでしょうか。

時間が経てば、人は当時の感情を少しずつ忘れていきます。忘れることも人に備わった大切な力ですが、それでも、あの日に学んだことだけは手放したくありません。被災された方々や、大切な人を失った方々への思いも、年月とともに薄れさせてはいけないと感じています。

私自身、毎年3月が近づくと、自然とあのメロディーが頭をよぎります。胸が苦しくなる音でもありますが、それでも目を背けず、静かに思い返す時間を持つようにしています。

あのCMが今も思い出させてくれるのは、日常はもろく、だからこそ備えと支え合いに価値があるという、ごくシンプルな事実だと思います。

もしこの記事を読んで、当時のことを少しでも思い返してくれた方がいたら、ぜひ今日のうちに水の備蓄や連絡手段を一つだけ見直してみてください。それが、あの経験を未来につなぐいちばん確かな方法だと、私は考えています。

関連記事:「今こそ東日本大震災の恩返しを」台湾地震を受けハッシュタグ「台湾加油」がトレンドに