スティーブ・ジョブズが遺したもの―Appleの哲学と人物像をたどる追悼録

スティーブ・ジョブズ

パソコンやスマートフォンに当たり前のように触れる毎日の、その手ざわりのいくつかは、たしかにこの人の手から生まれました。

本記事では、2011年10月5日に56歳でこの世を去ったAppleの共同創業者スティーブ・ジョブズさんについて、その功績と遺したもの、そして人物像を、落ち着いた筆致で振り返ります。

WEB制作の仕事に長く携わってきました。日々パソコンやインターネットに向き合ってきた一人として、ジョブズさんの訃報に接したときのことは、今でもよく覚えています。仕事の合間にニュースを見て、しばらく手が止まってしまったのを思い出します。

彼の死を大げさに語るつもりはありません。直接の面識があったわけでもなく、熱心な信奉者だったわけでもありません。ただ、私たちが今この瞬間に使っている道具の多くが、彼の発想や美意識と地続きであることもまた、たしかな事実だと感じています。

この記事では、辞任の経緯や闘病の細かな話にはあえて深く立ち入らず、彼が世界に「何を遺したのか」、そして「どんな人だったのか」という一点に絞ってお話しします。技術にくわしくない方にも分かるよう、できるだけやさしい言葉でまとめました。

派手な追悼ではなく、ひとりの作り手として彼の歩みをたどる、静かな読みものとして受け取っていただければうれしいです。あらためて、心よりご冥福をお祈りいたします。

Appleという物語のはじまり

スティーブ・ジョブズさんは、1955年2月24日にアメリカ・サンフランシスコで生まれました。幼いころから電子工作に親しみ、ものづくりへの関心を育てていったと伝えられています。

1976年、友人だったスティーブ・ウォズニアックさんとともに、Apple Computerを立ち上げます。最初の製品「Apple I」は基板だけのものでしたが、翌1977年に発売した「Apple II」が大きな成功を収め、コンピューターを一部の専門家のものから、ふつうの人々のものへと近づけていきました。

当時のコンピューターは、専門知識を持つ人だけが扱える、いわば「むずかしい機械」でした。それを家庭やオフィスの机の上に置けるものへと変えていった流れの先頭に、若き日のジョブズさんがいたのです。

1984年には、いまのパソコンの原型ともいえる「Macintosh(マッキントッシュ)」を発表します。マウスで画面のアイコンを操作するという、当時としては斬新な発想は、その後のコンピューターのあり方を大きく変えていきました。文字を打ち込むだけだった画面が、誰でも見て触って分かるものへと姿を変えていったのです。

「むずかしい機械を、誰もが直感で使える道具に変える」――この姿勢こそ、ジョブズさんが生涯にわたって貫いた一本の筋でした。

参考: Wikipedia(スティーブ・ジョブズ)

挫折を越えて、ふたたびAppleへ

もっとも、その歩みが順風満帆だったわけではありません。1985年、ジョブズさんは経営方針をめぐる対立から、自分が創ったAppleを去ることになります。会社を立ち上げた本人が、その会社を離れる。今あらためて振り返っても、つらい出来事だったはずです。

しかし、彼はそこで立ち止まりませんでした。その後はコンピューター会社「NeXT(ネクスト)」を設立し、さらに映像制作の世界でも才能を発揮します。彼が率いたピクサー(Pixar)は、世界初の長編フルCGアニメ『トイ・ストーリー』を世に送り出し、映画の歴史にも名を刻みました。

そして1996年、AppleがNeXTを買収したことをきっかけに、ジョブズさんは古巣へと戻ってきます。当時のAppleは業績が振るわず、苦しい時期にありました。いちど去った会社へ戻り、それを立て直していく――物語としても、なかなかに劇的です。

復帰後の彼が手がけた製品を並べると、その後の世界の変わりようがよく分かります。

カラフルな一体型パソコン「iMac」(1998年)。携帯音楽プレーヤー「iPod」と音楽配信サービス「iTunes」(2001年)。そして指で画面に触れて操作する「iPhone」(2007年)、続く「iPad」(2010年)へと、新しい製品が次々に登場しました。

これらはどれも、それまでの「当たり前」を静かに塗り替えていきました。CDを何枚も持ち歩いていた音楽は小さな機械の中に収まり、ボタンだらけだった携帯電話は一枚の画面へと姿を変えたのです。気づけば、家族や友人と連絡を取る道具も、調べものをする道具も、すっかり様変わりしていました。

音楽の聴き方も、電話のかたちも、情報との付き合い方も、これらの製品を境にがらりと変わりました。いまスマートフォンを当たり前に使えているのは、この流れの延長線上にあると言っていいでしょう。

参考: WIRED.jp

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製品に宿った「美意識」

ジョブズさんを語るうえで欠かせないのが、デザインと使いやすさへの並々ならぬこだわりです。

箱から取り出した瞬間の手ざわり、ボタンの少なさ、画面に表示される文字の美しさ。ふだん目に触れない内部の作りにまで、彼の目は行き届いていたと言われています。見えないところだから手を抜く、という発想がなかったのですね。

「これで十分だろう」で妥協しない。使う人がうれしくなる細部まで磨き上げる。その執念にも近い姿勢が、Apple製品ならではの雰囲気を作り上げてきました。

WEB制作の仕事をしていると、「機能が足りているか」だけでなく「触れていて気持ちがいいか」がどれほど大切かを痛感します。同じことができるサイトでも、文字の大きさや余白の取り方ひとつで、印象はまるで変わってくるものです。

私自身、画面の余白の取り方やボタンの配置で迷ったとき、ふと彼の製品を思い浮かべることがあります。「使う人は、これで迷わないだろうか」と立ち止まって考える――その視点は、彼の仕事から学んだことのひとつかもしれません。

新製品を紹介するときのプレゼンテーションも語り草でした。専門用語をならべるのではなく、「これがあると、あなたの暮らしはこう変わる」という物語として語る。むずかしい技術を、生活の言葉に翻訳してみせる人だったのだと思います。聞いている側が、自然と「使ってみたい」と感じてしまう。そんな伝え方でした。

参考: Wikipedia(スティーブ・ジョブズ)

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「ハングリーであれ、愚か者であれ」

ジョブズさんの人柄を伝える話として、いまも多くの人に読み継がれているのが、2005年にスタンフォード大学の卒業式でおこなった演説です。

彼はこの場で、自分の生い立ちや、いちど会社を追われた経験、そして病と向き合うなかで考えたことを、三つの短い物語として静かに語りました。成功談を誇らしげに並べるのではなく、うまくいかなかった時期もふくめて率直に話したことが、多くの人の心に残りました。

演説の締めくくりに彼が引用したのが、「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ、愚か者であれ)」という言葉でした。満ち足りて立ち止まるのではなく、学びへの渇きと、人の目を恐れず挑む気持ちを持ち続けてほしい――そんな願いが込められた一節です。

この言葉は、もとは彼が若いころに愛読していた雑誌の最終号に添えられていたものだといいます。自分が受け取った言葉を、次の世代へとそっと手渡す。そんな場面でもありました。

この演説は世界中で何度も再生され、いまも多くの人の背中をそっと押し続けています。製品だけでなく、こうした言葉もまた、彼が遺したものの一つなのだと思います。

参考: Stanford Report

まとめ―道具の向こうにいた人

スティーブ・ジョブズさんが遺したのは、便利な製品の数々だけではなく、「道具は、人の暮らしを豊かにするためにこそ磨かれるべきだ」という考え方そのものだったように思います。

1976年のApple創業から、Macintosh、iMac、iPod、iPhone、iPadへ。そして「ハングリーであれ、愚か者であれ」という言葉まで。振り返ってみると、彼の歩みはそのまま、私たちと機械との距離が少しずつ縮まっていく歴史でもありました。

もちろん、一つの製品や一人の人物だけで時代が動くわけではありません。多くの技術者やデザイナー、そして使い手の声が重なって、今の便利さは形づくられてきました。それでもなお、その流れの大切な節目に彼がいたことは、たしかなことだと思います。

私たちがいま、当たり前のように画面に指を触れ、調べものをし、誰かとつながり、気持ちを伝えられること。その手ざわりのなかに、彼が大切にした「使う人へのまなざし」が、まだ静かに息づいているのかもしれません。

WEB制作に長く関わってきた一人として、画面の向こうにいる「使う人」のことを忘れずにいたい――そんなことを、彼の歩みはあらためて思い出させてくれます。便利さを追いかけるなかで、つい忘れてしまいがちな、いちばん大事なところです。

訃報が伝えられた際、Appleのトップページはジョブズさんの写真一枚に切り替わり、クリックするとメッセージが表示されました。

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Googleのトップページにも「Steve Jobs, 1955 – 2011」の文字が掲げられ、Appleへのリンクが張られていました。世界中が彼の死を悼んでいた、あの日の光景です。

Steve Jobs, 1955 - 2011

あらためて、スティーブ・ジョブズさんのご冥福を心よりお祈りいたします。