ドラマを見ていて、劇中に出てくる会社や商品が「これ、本当にあったらサイトを覗いてみたいな」と思ったことはありませんか。私は連ドラをほとんど見ないタチなのですが、2012年フジテレビの月9『リッチマン、プアウーマン』だけは久しぶりに最後まで追いかけました。理由のひとつが、劇中に登場するIT企業の「企業サイト」が現実のWeb上に作り込まれていた、という仕掛けでした。
ドラマの世界を、テレビの外にあるWebへ地続きで広げる。この記事では、劇中の架空企業「NEXT INNOVATION」のためにわざわざ用意されたフェイク企業サイトを入り口に、作品世界をWebで体験させる「連動プロモーション」という演出文化を、Web制作者の目線で掘り下げます。
当時のサイト自体はすでに役目を終えて閉じられていますが、何が面白かったのか、なぜ手間をかけてまで作ったのか。十数年前の話とはいえ、Webでブランドの世界観を出す手口として今でも通じるところがあります。むしろ「もう見られないからこそ」、当時の作り込みを言葉で残しておく価値があると思っています。
テレビの中の会社が、ブラウザを開けばそこに「いる」。その不思議な感覚を一度味わうと、ドラマの見え方が少し変わります。当時を知らない人にも伝わるよう、まずはドラマの基本から押さえ、そのうえでサイトの中身、Web制作者として唸ったポイント、そして連動演出という手法そのものへと話を進めていきます。
『リッチマン、プアウーマン』と劇中企業NEXT INNOVATIONとは
『リッチマン、プアウーマン』は、フジテレビ系の月9枠で2012年7月9日から9月17日まで放送された連続ドラマです。主演は小栗旬さんで、若くしてIT企業を立ち上げ成功した社長・日向徹を演じました。ヒロインは石原さとみさんが演じる東京大学理学部の女子大生・夏井真琴。学歴は申し分ないのに就職が決まらず、就活に走り回る千尋が、日向の会社の説明会に飛び込むところから物語が動き出します。
生活も価値観も正反対のふたりがぶつかりながら惹かれ合う恋愛ドラマであると同時に、起業や企業内のせめぎ合いを描いた「お仕事もの」としての色も濃い作品でした。この日向が代表を務める設定の会社が、劇中で時価総額3000億円とされるベンチャーIT企業「NEXT INNOVATION」です。
余談ですが、放送当時から日向徹のモデルは誰かという話題が絶えませんでした。プロデューサーの増本淳さんによれば、土台にスティーブ・ジョブズを置きつつ、マインドの部分は孫正義さんをモデルにしたとのこと。私はてっきりGoogle寄りのイメージで見ていたので、ジョブズと孫さんと聞いて少し意外でした。なお人気を受けて、2013年4月1日にはスペシャルドラマ『リッチマン、プアウーマン in ニューヨーク』も放送されています。
劇中企業の「企業サイト」が現実のWebに実在した
ここからが本題です。この架空企業NEXT INNOVATIONには、ドラマの公式プロモーションとして本物そっくりの企業サイトが用意されていました。フジテレビの公式サイト(fujitv.co.jp)配下に置かれ、見た目はどこからどう見ても「実在するIT企業のコーポレートサイト」でした。

中身もかなり凝っていました。会社の理念や概要、役員紹介、事業内容といった定番のコーポレート要素はもちろん、オフィスの様子や、社長・日向徹からのビデオメッセージまで見られる作りだったのです。架空企業なのに、会社概要には「設立2004年6月1日」「従業員735名」「所在地は東京都江東区豊洲」といった具体的なデータまで書き込まれていて、知らずに開いたら本物の会社だと信じてしまう完成度でした。
さらに、日向徹本人を装ったTwitter(現X)のアカウントまで運用され、相当数のフォロワーを集めていたといいます。サイト・動画・SNSを束ねて、ドラマの登場人物が「テレビの外でも生きている」かのように見せる。今の言葉でいうトランスメディアな仕掛けを、2012年の段階でやっていたわけです。
参考:存在しない Next Innovation 社と、存在する Next Innovation 社(ITmedia オルタナティブ・ブログ)
Web制作者目線で見た「作り込み」の見どころ
Web制作を長くやってきた立場で当時のサイトを眺めると、面白いポイントがいくつもありました。一番の特徴は、サイトの大部分がFlash(SWF)で組まれた、いわゆるフルFlashの構成だったことです。2012年といえば、リッチな動きや映像表現を一枚絵のようにまとめたいときに、まだFlashが現役で選ばれていた時代でした。
当時のフルFlashサイトは、ページ遷移なしで滑らかに画面が切り替わり、映像とテキストを重ねた演出が得意でした。先進的なIT企業という設定を「画面のかっこよさ」で説得するには、ぴったりの手法だったわけです。架空の会社をリアルに見せる決め手は、書いてある情報の細かさと、それを包む「いかにもそれっぽい」見た目の作り込みでした。
私が感心したのは、フェイクサイトをただ装飾的に飾るのではなく、コーポレートサイトの「型」を真面目に踏襲していた点です。理念があって、事業があって、役員がいて、採用情報めいたページがある。実在企業のサイトを構成する部品をきちんと揃えているからこそ、虚構なのにリアルに感じられました。逆にいえば、これらの「型」を外すと一気に嘘くさくなる、という制作上の教訓でもあります。
もちろん、フルFlashという作り方そのものは、いまの基準では推奨されません。スマホで再生できず、検索エンジンにも中身が読まれにくいなど、当時から弱点はありました。実際この後、AppleがiPhoneでFlashを採用しなかったことが決定打となり、Webの主役はHTML5やCSS、JavaScriptへと移っていきます。NEXT INNOVATIONのサイトは、Flash全盛期の終わりごろの空気を閉じ込めた、ひとつの時代の標本のようにも見えます。
関連記事:Adobe Animate(旧Flash)でオブジェクトを中央に配置する方法を解説
作品世界をWebで体験させる「フェイクサイト」という演出文化
劇中企業のサイトをわざわざ現実に作る。この手法は『リッチマン、プアウーマン』に限った珍事ではなく、映画やドラマのプロモーションで繰り返し使われてきた演出のひとつです。架空の企業・商品・団体のサイトをそれらしく公開し、観客に「この世界は本当にあるかも」と思わせる。海外ではこうした作り込みを、現実と虚構の境目で物語を体験させる仕掛けとして発展させてきました。
なぜここまで手をかけるのか。理由はシンプルで、受け手が自分から検索して「会社のサイト」にたどり着き、社長メッセージや会社概要を読み込む体験そのものが、ドラマへの没入を一段深くするからです。テレビは受け身で眺めるメディアですが、Webは自分でクリックして探す能動的なメディア。架空企業の細部を自分の手でめくる感覚が、作品を「自分ごと」に近づけます。
Web制作の視点で言えば、これはブランドサイトづくりの本質と地続きです。企業サイトを作るときも、結局は「その会社らしさ」という世界観をどう画面で感じさせるかが勝負どころ。NEXT INNOVATIONのフェイクサイトは、架空の会社という極端な題材を通して、世界観づくりの面白さと難しさをわかりやすく見せてくれた事例でした。情報を盛り込みすぎず、けれど嘘っぽくならない絶妙な塩梅は、実在のサイトを作るときにも参考になります。
残念ながら、フジテレビ公式配下にあったこのサイトは現在は公開されておらず、直接アクセスすることはできません。役目を終えて閉じられたとみられ、いまはWeb Archive(Wayback Machine)に2015年ごろの記録が残るのみです。期間限定のキャンペーンサイトが姿を消すのはよくあることですが、当時その完成度に驚かされた身としては、少し寂しくもあります。
参考:「リッチマン、プアウーマン」で小栗旬が演じる「日向徹」のモデルはあの人だった!(男子ハック)
まとめ:消えても色あせない「Webで世界観を作る」面白さ
架空のIT企業のために、本物さながらの企業サイトをFlashで作り込み、社長のビデオメッセージやSNSまで添える。『リッチマン、プアウーマン』のNEXT INNOVATIONは、ドラマと連動したフェイク企業サイトの、わかりやすく贅沢な例でした。
サイト自体はもう開けませんが、そこにあった発想は古びていません。作品の世界をテレビの外へ広げ、受け手が自分でめくって確かめる体験を用意する。これはそのまま、企業のブランドサイトで「らしさ」をどう伝えるかという問いに重なります。架空企業という極端な題材だからこそ、世界観づくりのコツがくっきり見えた事例だと私は思っています。
振り返ると、このサイトが効いていたのは派手な技術そのものではなく、「実在企業の型」を律儀に守った地味な作り込みでした。理念、事業、役員、会社概要。当たり前の部品を当たり前に並べたからこそ、虚構が虚構に見えなかった。これは実在のコーポレートサイトを設計するときにも、そっくりそのまま当てはまる話だと感じます。
もしこれから企業サイトやキャンペーンサイトを作る機会があるなら、「情報を並べる」だけで終わらせず、訪れた人がその世界に入り込みたくなる仕掛けを一つ足してみてください。NEXT INNOVATIONが教えてくれるのは、細部のリアリティと、それを包む見た目の説得力が揃ったとき、Webは虚構すら本物のように見せられる、ということです。次にドラマで気になる会社や商品が出てきたら、検索してみる価値はあります。テレビの外で、その世界がこっそり続いていることが、案外あるのですから。