「Wi-Fiって、何の略だと思います?」
以前これを聞かれて、私は自信満々に「ワイヤレス・フィデリティです」と答えたことがあります。それはもう堂々と。まわりも「へえ、そうなんだ」と納得していました。
ところが、これが違うんです。Wi-Fiは何かの頭文字を並べた略語ではありません。ゼロから作られたブランド名です。しかもその勘違いを世界中にばらまいた張本人は、ほかでもないWi-Fiの生みの親たち自身でした。
考えてみると、私たちは毎日、意味を知らない3文字や4文字に囲まれて生きています。PDFを開き、USBを挿し、QRコードをかざし、CAPTCHAで「私はロボットではありません」にチェックを入れる。ぜんぶ正式名称があります。あるいは、ないこともある。
そこで今回は、身近なIT略語の正体を15問のクイズにまとめました。この記事では、PDFやUSBといった毎日使う略語から、pingやCAPTCHAのような玄人向けまで、15問のクイズ形式で正式名称と由来をたどります。
ポイントは裏取りです。答えはすべて、公式の仕様書や開発した本人の証言といった一次情報で確認しました。「ネットで見た豆知識」より一段だけ深いところまで踏み込んでいます。
そしてもうひとつ。15問のうち2問は「実は略語ではない」という引っかけを混ぜてあります。どれとどれなのか、読みながら考えてみてください。
初級・中級・上級の3段階で、最後に採点表もつけました。Web制作を仕事にしている人でも全問正解はなかなか手強いはずです。私も最初に調べたときは、恥ずかしながら4問落としました…。
クイズの遊び方
ルールは単純です。見出しの略語を見て、正式名称を頭の中で答えるだけ。
すぐ下に答えと解説が続くので、スクロールを止めて考えてから読み進めてください。1問1点、全15点満点です。
正式名称が完璧に言えなくても、単語のひとつが合っていれば0.5点くらいの気持ちでどうぞ。厳密に採点すると、たぶん半分も取れませんw
【初級】まずは肩慣らしの5問
ここは全問正解を狙いたいところ。毎日目にしている言葉ばかりです。
Q1. PDF
メールに添付され、印刷され、気づけばダウンロードフォルダに溜まっていくあのファイル。
答えはPortable Document Format(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)です。
直訳すると「持ち運べる文書形式」。どのパソコンで開いてもレイアウトが崩れない、という思想がそのまま名前になっています。
1993年にアドビが公開した形式ですが、2008年にはISO 32000という国際標準規格になりました。もうアドビだけのものではない、というのが地味に大事なところです。
Q2. USB
マウスもキーボードも充電ケーブルも、だいたいこれ。
答えはUniversal Serial Bus(ユニバーサル・シリアル・バス)です。
最後の「バス」が乗り物のバスに見えて、初心者の方がよくつまずくポイント。ここでいうバスは、機器のあいだでデータをやりとりする「通り道」を指す用語です。
それまでバラバラだった接続端子をひとつにまとめよう、という発想から生まれた規格で、最初のバージョンが登場したのは1996年。あれから30年、いまだにType-AとType-CとMicroが混在しているのは、まあ、ご愛嬌ということで。
Q3. HTTP(ついでにhttpsの「s」も)
ブラウザのアドレスバーの先頭にいる、あの4文字です。
答えはHyperText Transfer Protocol(ハイパーテキスト・トランスファー・プロトコル)。「ハイパーテキストを転送するための取り決め」という意味です。
ハイパーテキストとは、リンクで別の文書に飛べる文書のこと。つまりWebページそのものですね。
そしてhttpsの「s」はSecure。通信を暗号化して、途中で中身をのぞかれないようにした版です。今はこちらが当たり前になりました。
Q4. CC と BCC
メールの宛先欄に必ずいる、あの2つ。
答えはCCがCarbon Copy(カーボン・コピー)、BCCがBlind Carbon Copy(ブラインド・カーボン・コピー)です。
カーボンコピーとは、複写紙を挟んで書類を同時に2枚書く、あの仕組みのこと。宅配便の伝票を思い浮かべてもらえるとわかりやすいです。
つまりCCは「写しを送っておくね」、BCCは「写しを送っていることを他の人には見せずにね」。紙の時代の言葉が、そのままメールに引っ越してきたわけです。
ちなみにBCCの誤爆でメールアドレスが全員に見えてしまう事故は、この「Blind」が効いていないと起きます。名前の意味を知っていると、扱いも少し慎重になりますね。
Q5. SIM(SIMカード)
スマホの中の、あの小さいカードです。
答えはSubscriber Identity Module(サブスクライバー・アイデンティティ・モジュール)、日本語では「加入者識別モジュール」。
要するに「この回線を契約しているのは誰か」を証明するための部品です。だからSIMを差し替えると電話番号ごと引っ越せる。
最近よく聞くeSIMの「e」はembedded、つまり「埋め込み型」。物理的なカードを本体に内蔵してしまった形です。
【中級】ここから差がつく5問
画像形式が続きます。Web制作をやっている人はここで稼いでおきたいところ。
Q6. JPEG
写真といえばこれ。拡張子は.jpgや.jpeg。
答えはJoint Photographic Experts Group(ジョイント・フォトグラフィック・エキスパーツ・グループ)です。
ここが面白いところで、これはファイル形式の名前ではなくそれを作った専門家グループの名前なんです。委員会の名前がそのままフォーマット名として世界中に広まってしまった、という珍しいパターン。
会社でいえば「経理部」という名前のファイル形式が普及したようなもの。冷静に考えるとなかなかの事態です。
Q7. GIF
くるくる動くあの画像。読み方が「ジフ」か「ギフ」かで永遠に揉めているやつです。
答えはGraphics Interchange Format(グラフィックス・インターチェンジ・フォーマット)。「画像交換形式」ですね。
生まれたのは1987年、パソコン通信サービスのCompuServeが作りました。スマホどころかWebブラウザすら普及していない時代の形式が、令和のSNSで現役なのは冷静に考えるとすごい話です。
なお読み方については、開発者のスティーブ・ウィルハイト氏本人が「ジフ」だと明言しています。それでも世界はいまだにギフ派とジフ派で割れたまま。名付け親の言葉より習慣が強い、という好例です。
Q8. PNG
透過が使えるので、Web制作では手放せない形式。
答えはPortable Network Graphics(ポータブル・ネットワーク・グラフィックス)です。
そしてここが本命の小ネタ。W3Cが公開しているPNGの公式仕様書には、読み方としてpronounced "ping"とはっきり書かれています。つまり公式には「ピー・エヌ・ジー」ではなく「ピング」。
私は長年ピーエヌジーと読んできたので、これを見つけたときは思わず二度見しました。仕様書に発音まで書いてある形式、なかなかありません。
Q9. QRコード の「QR」
レジでも会員証でもキャッシュレス決済でも、もはや見ない日がない四角いアレ。
答えはQuick Response(クイック・レスポンス)。「高速に読み取れる」という意味です。
開発したのは日本のデンソーウェーブ(当時はデンソーの一部門)で、発表は1994年。もともとは自動車部品の製造現場で、部品を素早く管理するために作られました。
工場の中の効率化ツールとして生まれたものが、30年後には世界中のスマホで読み取られている。日本発の技術としてもっと自慢していい話だと思います。
Q10. bit(ビット)
データ量の一番小さい単位。8つ集まると1バイトになります。
答えはbinary digit(バイナリ・ディジット)、つまり「2進数の桁」を縮めた言葉です。
この略し方を考えたのはジョン・テューキーという数学者で、1947年のベル研究所のメモが最初だと言われています。それを翌年の有名な論文で情報理論の単位として世に広めたのが、クロード・シャノン。
0か1かというたった1桁に「bit」という名前がついた瞬間から、情報を数値で測る時代が始まった、というわけです。地味な単語ですが、由来を知ると急に重みが出てきます。
【上級】ここまで来たらかなりの猛者
残り5問。最後の2問が例の「実は略語じゃない」枠です。
Q11. CAPTCHA
「私はロボットではありません」のチェックボックスや、読みにくいぐにゃぐにゃ文字。あれの正式名称です。
答えはCompletely Automated Public Turing test to tell Computers and Humans Apart。
訳すと「コンピューターと人間を区別するための、完全に自動化された公開チューリングテスト」。長い。むしろよくこれをCAPTCHAという6文字に押し込めたなと感心します。
「チューリングテスト」は、機械が人間らしく振る舞えるかを判定する古典的な考え方のこと。CAPTCHAはそれをひっくり返して、機械かどうかを機械が判定しているわけです。
生まれは2000年前後のカーネギーメロン大学。オンライン投票が投票プログラムに荒らされた事件がきっかけだったと言われています。
Q12. Wiki(ウィキ)
Wikipediaでおなじみ、みんなで編集できるあの仕組み。何かの略でしょうか。
答えは略語ではなく、ハワイ語の「wiki(速い)」です。
考案者のウォード・カニンガム氏は、ハワイの空港で係員に「Wiki Wiki Bus(ターミナル間のシャトルバス)に乗って」と言われ、聞き取れずに3〜4回聞き返したそうです。そこで「wiki wikiは quick という意味だ」と教わった。
帰国前にハワイ語の本まで買って調べ、「速い」という意味だと知ったうえでこの名前を選んだ、と本人が書いています。ハワイ語では強調のために単語を重ねる、という習慣も踏まえての命名でした。
世界一有名な百科事典の名前の半分が、空港のシャトルバス由来。旅先の一言が技術用語になるって、なかなかロマンがあります。
Q13. WWW
昔のURLの先頭に必ずいた3文字。今も当ブログのアドレスに残っています。
答えはWorld Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ)。「世界中に張りめぐらされた蜘蛛の巣」ですね。
面白いのは、この名前が最初の候補ではなかったこと。CERNのティム・バーナーズ=リー氏が1989年に出した最初の提案書にWorld Wide Webという言葉はなく、当初は「Mesh(メッシュ=網)」と呼ばれていました。
ほかにも「Mine of Information(情報の鉱山)」といった案があったそうです。もし別の案が採用されていたら、私たちは今ごろ「モイ」とか打っていたのかもしれません。
Q14. ping
ネットワークがつながっているか確認するときに叩く、あのコマンド。
ping www.example.com
「Packet InterNet Groper(パケット・インターネット・グローパー)の略」と書かれた解説を見たことがある人も多いはずです。でも、これが引っかけの1問目。
答えは略語ではなく、ソナー(水中探知機)の音です。
作者のマイク・ムース氏は自身のページで、エコーロケーション(反響定位)の原理に着想を得て、ソナーが出す音から名付けたと明言しています。「私の見方では、PINGは頭字語ではなくソナーの比喩だ」とはっきり書いている。
Packet InterNet Groperという展開はあとから別の人が考えたもので、ムース氏自身は「たぶん両方とも正しいのだろう」と受け流しています。この余裕、かっこいい。
音を出して、跳ね返りを待つ。pingの動作そのものなので、後付けの頭字語より断然しっくりきます。
Q15. Wi-Fi
そしてラスボス。冒頭で私が盛大に間違えたやつです。
答えは何の略でもありません。Wireless Fidelityは正解ではないんです。
もともとの技術規格の名前は「IEEE 802.11b Direct Sequence」。さすがに家電量販店の店頭で言える名前ではありません。そこで業界団体がブランド開発会社インターブランドに依頼し、提案された10案の中から選ばれたのが「Wi-Fi」でした。オーディオの「hi-fi(ハイファイ)」に音を似せた造語です。
ではなぜWireless Fidelity説が広まったのか。ここが最高に人間くさいところで、当時の団体側が「意味のない名前は不安だ」と考え、「The Standard for Wireless Fidelity(ワイヤレス・フィデリティの標準)」というキャッチコピーを一時的に付けてしまったからです。
創設メンバーのフィル・ベランジャー氏は後年、このキャッチコピーには意味などなく、ブランディングを理解していなかったがゆえの妥協だったと語っています。団体は早々にこのコピーを取り下げましたが、時すでに遅し。誤解だけが四半世紀にわたって世界中を巡り続けています。
私が飲み会でドヤ顔した責任の一端は、あのキャッチコピーにある。そういうことにしておきます。
あなたは何問正解?採点表
15点満点で答え合わせです。
- 0〜4点:ふだん意味を気にせず使えているということ。それはそれで、道具として正しい付き合い方です
- 5〜8点:平均ライン。初級5問が取れていれば十分立派です
- 9〜11点:かなりの物知り。中級の画像形式まで押さえているならWeb系の素養あり
- 12〜14点:相当な猛者。pingかWi-Fiのどちらかに引っかかりましたね
- 15点:脱帽です。この記事、あなたには何も教えられませんでした…
ちなみに私の初回は11点でした。落としたのはPNGの読み方、bitの由来、Wikiの語源、そしてWi-Fi。
身近な言葉ほど、由来を確認せずに使い続けているものだと痛感します。
関連記事:新入社員必見!ビジネスシーンで特によく使うビジネス用語・カタカナ語まとめ
なぜIT略語はこんなにややこしいのか
15問を並べてみると、IT略語がこじれる理由が見えてきます。だいたい3パターンです。
ひとつめは「作った組織の名前が、そのまま形式名になる」パターン。JPEGが典型ですね。技術者は自分たちの委員会名で呼びますが、一般ユーザーからすれば意味不明な4文字です。
ふたつめは「技術名が長すぎて、ブランド名に置き換わる」パターン。Wi-Fiがこれです。IEEE 802.11bのままだったら、ここまで普及しなかったのは間違いありません。名前の力は侮れない。
みっつめが「後付けで頭字語をこじつけられる」パターン。pingが被害者です。人間はどうしても3〜4文字の並びを見ると「何かの略に違いない」と思ってしまう。そこに親切な誰かが意味を発明してしまうわけです。
この「後付け頭字語」は英語圏でバクロニム(backronym)と呼ばれていて、それ自体がひとつのジャンルになっています。よくできたバクロニムほど本物っぽく見えるので、質が悪い。
Web制作をしていると、こういう「意味を知らないまま使っている文字列」に毎日触れます。由来を1つ知るたびに、その技術が生まれた時代の空気が少しだけ見えてくるのが個人的な楽しみです。
関連記事:パングラムとは?「The quick brown fox」の意味と使われる理由を解説
まとめ
IT略語15問、いかがでしたか。
PDFやUSBのように素直な略語もあれば、JPEGのように組織名がそのまま定着したもの、QRのように開発現場の目的がそのまま名前になったものもありました。
そして今回いちばん伝えたかったのは、pingとWi-Fiの2つです。毎日使っている言葉でも、実は略語ですらなかったり、公式が否定している通説が広まり続けていたりする。この2問だけでも持ち帰ってもらえたら、この記事を書いた甲斐があります。
特にWi-Fiの話は、業界団体が「意味がないと不安だから」とキャッチコピーを付けた結果、四半世紀にわたって世界規模の誤解を生んだという顛末が実によくできています。技術の失敗ではなく、人間の心理が生んだ誤解なのが味わい深い。
今回の答えはすべて、公式仕様書や開発者本人の記録で確認しました。W3Cの仕様書に「pronounced ping」と書いてあるのを見つけたときや、マイク・ムース氏が「ソナーの比喩だ」と言い切っているのを読んだときは、単純にうれしかったです。一次情報にあたると、こういう発見が転がっています。
会社の雑談や飲み会で、まずはWi-Fiの1問から出してみてください。ほぼ確実に「ワイヤレス・フィデリティでしょ」という声が返ってきます。そこで種明かしをすると、だいたい場が沸きます。私が沸かされた側なので保証します。
身近な道具の名前を1つ調べてみるだけで、その技術が生まれた時代がちょっと立体的に見えてくる。IT略語は、そのための入口としてかなり優秀です。