パソコンの電源を入れた瞬間の「ジャーン」。あの音、人生で何回聞いたか数えられますか。
私は数えられません。Windows 95を初めて起動した日のことは今でも覚えているのに、あの音を誰が作ったのかは、恥ずかしながら長いこと知らないままでした。
スマホの着信音もそうです。ノキアの携帯が街にあふれていたころ、電車でもオフィスでも必ず鳴っていたあのメロディー。映画館で本編前に耳を殴ってくるTHXの轟音。テレビCMの最後に必ず入る「ドゥーン、ドゥドゥドゥーン」のインテル。
どれも数秒しかないのに、聞けば一発で何のことか分かります。企業のロゴマークは思い出せなくても、音のほうは口ずさめる。そういう例がこの世界にはいくつもあります。
ここまで記憶に食い込む音を、誰が、どんな事情で作ったのか。気になって調べてみたら、これがなかなかの人間ドラマでした。
Windows 95の起動音は、Macで作られていました。Macの起動音はビートルズの和音がヒントで、しかも社内に黙って忍び込ませたものです。ノキアの着信音にいたっては、原曲が書かれたのは1902年。
この記事では、Windows 95・Mac・ノキア・インテル・THXといった誰もが耳にしてきた数秒の音について、誰がどんな条件のもとで作ったのかを、確認できた一次情報にあたりながらまとめます。
最後に、Windows 11で鳴らなくなった起動音を自分で復活させる設定も置いておきます。懐かしくなったとき用に。
Windows95の起動音はMac製
作曲したのはブライアン・イーノ。アンビエントミュージックの草分けで、U2やデヴィッド・ボウイのプロデュースでも知られる人です。
ここまではわりと有名な話。あまり知られていないのは、その曲がMacintoshで書かれたという点です。
イーノは後年のインタビューで、はっきりこう答えています。「Macで書いた。PCなんて人生で一度も使ったことがない。好きじゃないんだ」
Windowsの顔とも言える音が、ライバル機の上で生まれていた。Microsoftの起動音は、Microsoftの製品を一度も使ったことがない人物の手で作られていたわけです。
依頼書は形容詞の羅列だった
イーノに届いた発注内容がまた強烈で、「感動的」「普遍的」「楽観的」「未来的」「感傷的」といった形容詞がひたすら並んでいたそうです。そして最後に一行、「長さは3秒4分の1」。
3.25秒に世界観を全部詰めろ、という無茶ぶりです。ただイーノ本人はこの制約をむしろ面白がっていて、「小さな宝石を作るようだった」と振り返っています。
作った試作は80曲以上。納品された音は指定の倍近い長さになりましたが、Microsoftはそのまま採用しました。
そしてこの仕事のあと、3分の曲を書くのが「海のように時間がある」感覚になったとも語っています。3.25秒に慣れた人の時間感覚、こわいw
米議会図書館に保存された音
2025年4月、この起動音はアメリカ議会図書館の「国立録音登録簿(National Recording Registry)」に登録されました。文化的・歴史的に重要な録音を永久に保存する枠組みです。
同じ年に選ばれたのは、セリーヌ・ディオンの「My Heart Will Go On」やエルトン・ジョン、ミュージカル『ハミルトン』のオリジナルキャスト盤など。そこに堂々と並んでいるパソコンの起動音。
選定理由も残っていて、Windows 95がグラフィカルな操作画面によってパソコンを専門家以外に開いた点が評価されています。音単体ではなく、あの時代を象徴する音として選ばれたということです。
参考:米議会図書館の発表
Macの起動音はビートルズ由来
Macの「ジャーン」を作ったのは、Appleのサウンドデザイナーだったジム・リークス。警告音の「Sosumi」や、iPhoneのカメラのシャッター音も、この人の仕事です。
当時のMacにもすでに起動音はありました。ただリークスはそれが気に入らなかった。理由が身も蓋もなくて、よくクラッシュするマシンなのに、鳴る音のほうが不安を煽ってくるから。
そこで自宅のKorg Wavestationで、ハ長調(Cメジャー)の和音を録り直します。ヒントにしたのは、ビートルズ「A Day in the Life」の最後に鳴る、あの長く伸びる和音でした。
単純で、聞いた人の頭がいったん白紙に戻るような響き。狙いはそこにありました。
許可を取らずROMに入れた
ところがリークスには、起動音を差し替える権限がありませんでした。
そこでROMチップの担当者と話をつけ、開発の終盤にこっそり自分の音を入れてもらいます。チェックが回りきらないタイミングを狙ったわけです。
そのまま出荷され、あとから気づいたエンジニアが騒ぎ出したときには「今さら外すほうが危ない、何かが壊れるかもしれない」と言い張って押し切ったそうです。
1997年にスティーブ・ジョブズが復帰し、Macの起動音を1つに統一する話になったとき、最終的に選ばれたのがこの無断で入れた音でした。社内では「いいほうの音」と呼ばれていたといいます。
ちなみにこの起動音、Appleは音の商標として登録済みです。20世紀フォックスのファンファーレなどと同じ扱いで、商標として認められる音はかなり珍しい部類に入ります。
参考:作者本人による解説
ノキアの着信音は1902年の曲
ノキアの携帯電話といえば、あの明るいメロディー。原曲は、スペインのギタリスト、フランシスコ・タレガが1902年に書いた「グラン・ヴァルス(Gran Vals)」というクラシックギター曲です。
携帯電話どころか、家庭に電話が普及しきってもいない時代の作品。それが90年以上たって、フィンランドの携帯メーカーの着信音として世界中で鳴ることになりました。
採用の理由がまた現実的で、権利関係でもめない曲が欲しかったから。作曲者の死後70年で著作権が切れるヨーロッパの制度上、タレガの曲はちょうど条件を満たしていたわけです。
1993年に幹部2人が曲全体を聴き、13〜16小節目を切り出したものが「Nokia tune」の原型になりました。搭載第1号は1994年のNokia 2110。
ただし当時の名前は「Type 5」で、今の「Nokia tune」という呼び名が付いたのは1998年。世界で一番有名な着信音は、4年間ただの番号でした。
インテルの5音は3秒設計
「インテル、入ってる」のCMの最後で鳴る、あの音。正式名称は「Intel Spiral」ですが、世間では「Intel Bong」の名前で通っています。
作ったのはオーストリア出身の作曲家ウォルター・ワーゾワ。1994年の作で、長さは3秒、使っている音はたった5つです。
ワーゾワによると、「Intel Inside」というコピーの語感そのものがメロディーの引き金になったとのこと。出てきた5音は、D♭・D♭・G♭・D♭・A♭。
発注側の注文は「3秒足らずで、革新性と問題解決力とコンピューターの内部を感じさせつつ、企業らしく親しみやすい音」。イーノの依頼書といい、この業界の発注は形容詞が多すぎます。
インテル自身の年表ページでも、この3秒が印刷広告からラジオ・テレビへ展開していくうえでブランド認知を押し上げたと説明されています。数秒の音に投資する価値を、かなり早い段階で理解していた会社ということです。
参考:インテルの公式年表
THXの音は355行のコード
映画館で流れるTHXのロゴ音、正式には「Deep Note」といいます。低くうなりながらじわじわ広がって、最後に巨大な和音で着地するあれです。
作ったのは、ルーカスフィルムのコンピューター部門にいたジェームズ・A・ムーア博士。1982年末の仕事で、お披露目は1983年5月25日、『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』のプレミア上映でした。
面白いのは作り方です。楽器の演奏でも既存の効果音の加工でもなく、あれはプログラムの出力そのもの。
30の合成音声が200〜400Hzという狭い範囲から出発し、3オクターブに広がって、わずかに調律をずらしたニ長調の和音に着地する。そういう設計になっています。
この壮大な音を生んだのは、C言語で355行のコードと、30ボイス分の音声パッチ設定300行だけでした。
しかも各声部の動きには乱数が使われているため、走らせるたびに違う音になります。私たちが映画館で聞いているのは、そのうちの一発を録音したもの。二度と同じものは作れない音、というわけです。
参考:Deep Noteの解説
XPとVistaの作曲者
Windows XPの起動音とシステム音を手がけたのは、作曲家のビル・ブラウン。音源はなんとシアトル交響楽団の録音です。数秒のチャイムのためにオーケストラを呼んでいます。
そこにサウンドデザイナーのトム・オザニックが層を重ねて、あの丸くて柔らかい音に仕上げました。
Windows Vistaの起動音は、キング・クリムゾンのロバート・フリップ。スティーヴ・ボール、タッカー・マーティンとの共同作業です。
フリップが持ち込んだ素材はマルチチャンネルの生録で6時間分。メロディーやテクスチャー、サウンドスケープが数百種類。そこから3か月かけて絞り込み、最終的に残ったのは4秒でした。
6時間から4秒。歩留まりは0.02%を切ります!
Windows11で起動音を鳴らす
Windows 11は初期状態だと起動音が鳴りません。静かでいいという人もいれば、寂しいという人もいます。私は完全に後者です。
鳴らしたい場合は、次の手順で戻せます。
- 設定を開き、システムをクリック
- サウンドを開く
- 詳細設定の欄にある「サウンドの詳細設定」をクリック
- 開いたダイアログで「サウンド」タブを選ぶ
- 「Windows スタートアップのサウンドを再生する」にチェックを入れてOK
注意点が1つあります。Windows 11では起動音を鳴らすかどうかは選べますが、鳴る音そのものを好きなファイルに差し替えることはできません。
Windows 95の起動音に戻したい、という願いは標準機能では叶わないわけです。あれを毎朝聞きたい人間としては、なかなか惜しい…。
まとめ
たった数秒の音の裏に、ここまで話が詰まっているとは思いませんでした。
おさらいすると、Windows 95の起動音はブライアン・イーノがMacで作ったもので、3.25秒という指定に対して80曲以上の試作を経て生まれ、2025年に米議会図書館の保存対象になりました。
Macの起動音は、ジム・リークスがビートルズの和音をヒントにKorgのシンセで作り、許可を取らずROMに忍び込ませた音。ノキアの着信音は1902年のクラシックギター曲で、著作権が切れていたから選ばれました。
インテルの5音は1994年生まれで長さは3秒、THXのDeep Noteは355行のCコードから生まれ、Windows XPはオーケストラ、Vistaはキング・クリムゾンのギタリスト。
耳になじみすぎて誰も気に留めない数秒の音ほど、一流の作り手が異常な制約と格闘した結果だった、というのが今回いちばんの収穫でした。
個人的に一番好きなのは、やはりMacの起動音の話です。権限がないのに担当者と話をつけて出荷版に入れてしまい、後から外そうという話が出たら「外すほうが危険だ」で押し切る。良い子は真似しないほうがいいですが、あの音が30年以上残っているのは、その強引さのおかげでもあります。
今日パソコンやスマホを触るとき、いつもの音に少しだけ耳を澄ませてみてください。作った人の顔が見えてくると、同じ3秒でも聞こえ方が変わります。Windows 11の起動音は上の手順で復活させられるので、久しぶりに鳴らしてみるのも一興です。