キーボードのFキーとJキーに、小さな出っ張りがあるのをご存じでしょうか。
毎日さわっているのに、なぜそこにあるのか説明できる人は意外と少ないものです。私も仕事で一日中キーを叩いていますが、「そういえばこれ何のため?」と手が止まったことが何度もあります。
身近なキーボードには、こうした「言われてみれば謎」がびっしり詰まっています。FとJの突起、意味不明にも見える文字の並びQWERTY、メールでおなじみの@、シャープに似た#、端っこでめったに使わないEscキー。どれも当たり前の顔をして並んでいますが、その裏には100年以上前のタイプライターや、中世の商人、電話会社の技術者まで登場する意外な物語が隠れています。
この記事では、毎日ふれているキーボードのキーや記号にまつわる意外な雑学を、由来や正式名称までまとめて紹介します。
知ったところで入力が速くなるわけではありません。でも、次にキーボードを見たとき、ちょっと誰かに話したくなる小ネタばかりです。休憩中の雑談で使える豆知識として、気軽に読んでみてください。
なぜFキーとJキーだけに突起がある?
まずは冒頭で触れたFとJの突起から。この小さな出っ張りは、指の定位置を教えてくれる目印です。
キーボードを見ずに打つことを「タッチタイピング」といい、その基本姿勢を「ホームポジション」と呼びます。左手の人差し指をF、右手の人差し指をJに置くのが、すべての出発点です。
ここに両手の人差し指をそえた瞬間、残り8本の指の担当キーも自動的に決まります。だから、この2つのキーさえ触覚で探し当てられれば、画面から目を離したままでも指を正しい位置に戻せるわけです。
視覚に頼らず、指先の感覚だけでホームポジションへ戻れるようにする。これがFとJの突起のたった一つの役割です。
試しに目を閉じて、指先だけで突起を探してみてください。ツルッとしたキーの海の中で、そこだけ引っかかる感覚があるはずです。人間の指の感度をうまく利用した、地味ながら賢い工夫だと思います。
ちなみにテンキーの「5」にも同じ突起があります。こちらは数字を入力するときの基準点というわけですね。
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QWERTY配列は「打ちにくくする」ために生まれた?
アルファベットのキーは、なぜABC順ではなく「QWERTY(クワーティ)」というバラバラな並びなのでしょうか。上段の左から順にQ・W・E・R・T・Yと読めることから、こう呼ばれています。
原型を考案したのは、アメリカのクリストファー・レイサム・ショールズという人物です。1872年ごろに配列を提案し、1882年に発売されたタイプライターで、ほぼ現在の並びが固まったとされています。
面白いのは、その狙いです。昔のタイプライターは、キーを押すと活字のついたアーム(棒)が跳ね上がって紙を叩く仕組みでした。速く打ちすぎると、隣り合うアーム同士が絡まって故障してしまいます。
そこで、よく使う文字の組み合わせをあえて離して配置し、アームが衝突しにくいようにしたのがQWERTY配列の始まりだ、というのが有名な説です。
ただし理由には諸説あり、電報を受信する現場の都合で並びが決まっていったという指摘もあります。いずれにせよ「打ちやすさ」だけで決めた並びではない、という点は共通しています。
今のパソコンにアームなんてありませんが、一度世界中に広まった配列はそう簡単には変えられず、そのまま現代まで生き残りました。より速く打てるとされる別の配列も過去に提案されましたが、普及はしませんでした。慣れの力、おそるべしです。
「@(アットマーク)」はもともと商売の記号だった
メールアドレスでおなじみの@。日本では「アットマーク」と呼びますが、これはもともと商売の現場で使われていた記号です。
英語では「commercial at」、つまり商業用のatと呼ばれます。「単価いくらで何個」を書き表すとき、「@300ドル」のように「1個あたり」を示す記号として、請求書や帳簿で使われていました。日本語での正式名称も「単価記号」です。
起源には諸説ありますが、記録はかなり古く、1536年にはイタリアの商人の文書にすでに@が登場していたとされています。中世の写字生が、ラテン語の前置詞adを一筆で書こうとしてaにしっぽを付けた、という説もよく知られています。
この古めかしい商業記号を一気に世界の主役へ押し上げたのが、電子メールでした。1970年代のはじめ、技術者のレイ・トムリンソンが、メールアドレスで「利用者名」と「所属するコンピューター」を区切る記号に@を選んだのです。
名前にも普通の文章にもまず使わない。キーボードに余っている。だから区切り記号にちょうどいい。そんな消去法で選ばれたと聞くと、なんだか親近感がわいてきます。おかげで@は、いまや世界一有名な記号の一つになりました。
参考:WIRED.jp
「#」は実はシャープじゃない|正式名は「オクトソープ」
電話やSNSでよく見る#。多くの人が「シャープ」と呼びますが、実はこれ、音楽記号のシャープ(♯)とは別物です。
よく見比べてください。キーボードの#は横線が水平で、縦線が斜めに傾いています。いっぽう音楽のシャープ♯は、縦線が垂直で横線が右上がり。似ているようで、傾き方がちょうど逆なんです。
では#の正しい名前は何か。英語での正式名称は「オクトソープ(octothorpe)」といいます。周りに突き出した端が8つあるので「octo(8)」、後半のthorpeの由来は諸説あってはっきりしない、という何とも愉快な名前です。
ほかにも英語では「number sign(ナンバー)」「hash(ハッシュ)」など呼び方がたくさんあります。SNSの「ハッシュタグ」は、このhashから来ています。
日本語では本来「井桁(いげた)」と呼ぶのが正確です。井戸の枠の形に似ているからですね。電話の音声ガイダンスで「シャープを押してください」と言われても、記号の出自としてはシャープではない、というちょっとした豆知識です。
Escキーは「逃げる」ためのキーだった
キーボードの左上にちょこんとあるEscキー。日常ではほとんど押さないのに、なぜか一等地に居座っています。
Escは「Escape(エスケープ=逃げる、抜け出す)」の略です。1960年ごろ、コンピューター同士がやり取りをする際、「ここから先はいつもと違う特別な命令ですよ」と合図するために生まれたキーだとされています。
この「特別な命令の始まり」を示す仕組みは、いまでも「エスケープシーケンス」という名前でコンピューターの内部に生き続けています。文字を打つ流れから一時的に「抜け出す」ためのキー、というわけです。
その名残もあって、現在のパソコンでもEscは「今の操作を中断・キャンセルする」役割を担っています。開いたメニューを閉じる、入力を取り消す、全画面表示から戻る。迷ったらとりあえずEscで一歩下がれる、頼れる非常口のような存在です。
私は文章の作成中に予期しないポップアップが出たとき、まずEscを押すクセがついています。覚えておくと地味に助かるキーです!
おまけ:電卓と電話で数字の並びが上下逆なワケ
最後はキーそのものから少し離れて、数字の並びの話を。キーボード右側のテンキーと、スマホや電話の数字ボタン。実は数字の配置が、上下でひっくり返っているのに気づいていましたか。
テンキーは下段が「1・2・3」で、上に行くほど数字が大きくなります。いっぽう電話は上段が「1・2・3」で、下に向かって数字が大きくなります。まったくの逆です。
これは、それぞれのルーツが違うからです。テンキーは計算機やレジの流れをくみ、電話は数字を上から自然に読める並びを採用したため、正反対の配置になったといわれています。
電卓は数字を速く連打する道具なので、よく使う小さな数字やゼロを手前に置く発想。電話は「1から順に上から」読ませる見やすさを優先した、という考え方です。
普段は無意識に使い分けていますが、言われてみると不思議な話です。テンキーで打ち間違いが多い人は、この「上下逆」に指が引っぱられているのかもしれません。
まとめ
毎日ふれているキーボードには、これだけの物語が隠れていました。
おさらいすると、FとJの突起は目を使わずに指の定位置を知らせる目印。バラバラに見えるQWERTY配列は、昔のタイプライターの都合から生まれた並び。@は中世の商人が「1個あたりいくら」を表すのに使った商業記号で、のちに電子メールの区切りに抜擢されて世界的に広まりました。#の正式名称は「オクトソープ」で、音楽のシャープとは別物。左上のEscは「逃げる」を意味する制御用のキーで、今も操作を中断する非常口として働いています。おまけとして、テンキーと電話では数字の並びが上下逆さまでした。
いつも使っている道具も、由来をひとつ知るだけで見え方がガラッと変わる。それがキーボード雑学のいちばんのおもしろさです。
どれも入力が速くなる話ではありません。それでも、知っていると思わず誰かに話したくなる小ネタばかりです。
私が個人的にいちばん好きなのは、@がメールの区切り記号に選ばれた「消去法」のエピソードです。名前にも文章にもまず使わない余り者だったからこそ抜擢された、という下剋上のような話で、キーを打つたびにちょっとニヤけてしまいます。
次にパソコンの前で手が止まったら、まずは足元のFとJの突起を指先で探してみてください。そのついでに、今日仕入れた小ネタを家族や同僚に披露すれば、ちょっとした物知り顔ができるはずです。